第1話「火灯し頃、訪れし刻」 その6
――く、苦し……!助けて……誰か!あたしまだデュエルしなきゃならないのに!火雁くんを助けなきゃ!
あのカード――《ディヴィエイター・デジグネーション》をドローした瞬間、ゆうなの意識は深く暗い水の底へと叩き落とされ始めた。水面には、ただ悠然と化け物を見つめるメラリアの姿が。
水面の光はどんどん遠のき、身体は下に向かって沈んでいく。
もがき苦しむ中でゆうなは、「自分に似た誰か」とすれ違った。ゆうな自身に似てこそいるが、歳は5、6歳程上に見えた。その者はぐんぐんと浮上していく。――自分に成り代わるつもりなのか。
――待って!助けて!あなた……誰なの!?「あたし」……!?
物静かな表情でゆうなを見下ろしながら、彼女は言った。
「助けるわ……必ず。だから今は――静かに眠っていなさい。“ゆうな”」
「私は魔法カード――《ディヴィエイター・デジグネーション》、発動!このカードの効果で、フィールドの《ユートピアン・メラリア》を墓地に送る!」
「!?」
「(――なんだあのカードは!?……いつものゆうなじゃない……!)」
アサトが驚いたのは、ゆうなが発動した謎のカードの存在についてだけではない。
あの親バカならぬユートピアンバカのゆうなが、自らメラを墓地に送る……!?
ゆうなが《ユートピアン・リヴァイヴ》を用いてまで場に残したメラリアを、何の躊躇も無く墓地へ送るユウナ。それは火雁を、そしてディヴィエイターと呼ばれる化け物を更なる地獄、あるいはそれ以上に危険な状況へと導く下準備だった……。
《ディヴィエイター・デジグネーション》
通常魔法
「ディヴィエイター・デジグネーション」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):自分フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを墓地へ送り、そのモンスターと同じ種族のディヴィエイター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
「ディヴィエイターを操るとは、こういうことよ」
魂と引き換えに力を選び
道を外れし者の切なる願い
その身に破滅の火を灯さん――
「ディヴィエイター・デジグネーション!現れなさい、穹焦がす灼神――《ディヴィエイター・オーバーヒート》!!」
先程、フィールドにはゆうな達の通う校舎の半分程の大きさの化け物が召喚された。《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》でも十分な脅威であり、ゆうなは怯え、アサトは震え上がった。
しかし今度は――その化け物以上あろうかと思われる、全身が炎に包まれた巨人がメラリアと入れ替わる形で校舎の上空に現れた。纏う炎の中には、身に刻まれた赤い線の幾何学模様がうっすらと浮かび上がり点滅している。
無機質な不気味さを放つ巨人の炎で空が、夕暮れと合わさりさらに紅く燃え上がる。2つの強烈な熱源が存在する屋上は、一般的な冬の気候に於ける気温を完全に無視し始めた。ソリッド・ヴィジョンで形造られた幻影とは思えない程に――。
「(ゆうなお前一体……あんなモンスター今まで見たことねえぞ!?しかもさっきから……本当に周りが熱くなってきてやがる!)」
「ヒッ……ゆうなちゃんも……ディヴィエイターを持っていたなんて……」
ディヴィエイター・オーバーヒート。ユウナは自ら召喚した化け物をそう呼んだ。その名に恥じぬだけあり、巨人は激しい火を噴き散らす。
「……どうかしら、私のしもべは。美しいでしょう?あなたの悪趣味な黒い炎の猫と違って」
敵を遥かに上回る質量の魍魎を従え、先程まで恐れ戦いていたハズの《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》を下衆な猫呼ばわりするユウナ。その眼は恐怖など微塵も感じさせない程に毅然としていた。
火雁は後退りしながらもデュエルディスクでその化け物の情報を得ようとする。そして、それが目に入った時――彼は、光明を見出したかのようにニヤリと笑い始めた。
「ふ……ははは!ゆうなちゃん、どれだけ大仰なモンスターを出しても全部ハッタリってことだね!?やっぱり君は噂に違わないデュエリストだったよ!」
表示された《ディヴィエイター・オーバーヒート》の攻守は――
デュエルモンスターズに於ける最低の値……すなわち「0」を示していた。
《ディヴィエイター・オーバーヒート》
ディヴィエイター・融合・効果
星-/闇属性/炎族
攻 0/守 0
「攻守0!?ただデカいだけ……張りぼて!やっぱり力なんか残されていなかったんだ!手札と場のたった2枚で僕に勝とうなんて甘い、甘いよゆうなちゃん!」
その言葉を聞いたユウナは、呆れたように口を開く。
「……甘いのはあなたの方ね。たかが攻守の値に触れただけでその全てを知った気になっている――ディヴィエイターの力に振り回されるのも無理はない低能なデュエリスト」
そう、火雁と同じく「ディヴィエイター」を従えているハズのユウナは、彼のような狂った様子は見られない。代わりに、天真爛漫でアホないつものゆうなが消えてしまったが。
「言ったでしょう、化け物の扱い方を教えると。――尤も、それを実践する機会は永劫訪れないでしょうけど」
ユウナは、《ディヴィエイター・オーバーヒート》のカードゾーンに手を翳すと、淡々と説明を始めた。火雁が確認しようにも、バグを起こしたようにデュエルディスクには映らなかったそのカードの「効果」について……
「このカードは戦闘では破壊されない……それが“2つ目”の効果よ」
「……?だから何だっていうんだ!しかも君は思い切り“攻撃表示”でそのモンスターを特殊召喚したじゃないか!壁にすらならないよ!」
どうやら《ディヴィエイター・オーバーヒート》はメラリアと同じく、戦闘破壊耐性を持っているようだ。しかし――
攻守の値は、墓地に送ったメラリアの方が上という事態が発生していた。これでは何のためにメラリアを犠牲にしたのかが分からない。なぜ自ら攻守を下げるような真似を?
「……“2つ目”と言ったハズよ。人の話は最後まで聞くのが身のためね。――3つ目」
次にユウナが口走ったことは、《ディヴィエイター・オーバーヒート》がまさに彼女の「エース」であることを証明する言葉であった。
「このカードはダメージステップ時に1度相手モンスターかディヴィエイターを選択し、その攻撃力分自身の攻撃力を上げる――憎い者を前にすると、苛立ちは隠せないものね」
「――攻撃力上昇効果!?しかも戦闘破壊されない……」
これは、と合点がいく火雁。彼女は《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》と並び立つ攻撃力を得ることで、戦闘破壊耐性を持つ《ディヴィエイター・オーバーヒート》に「あること」をさせようとしている。デュエルモンスターズで、攻撃力が同じモンスターがぶつかり合う際に取られる裁定は……
「“相打ち”!そうか、これで僕のフレイムエンペラーを倒して――」
火雁はふと、ユウナの言葉を思い出す。彼女は「このターンのバトルフェイズで全てが終わる」と言った。仮に《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》が戦闘破壊されたとしても、自分にはライフが1600残る。彼女の勝利にはならないのだ。
デュエルモンスターズには勝利の条件が3つ存在する。1つは、「特殊勝利」の効果を持つカードによる勝利。次に、相手が「デッキ切れ」によりカードを引けなくなった場合。
そして、最も多いケースは「相手のライフポイントが0になる」ことによる勝利。
彼女はいずれの方法で、この自分を倒してみせると言っているのか?
ユウナはわざと、《ディヴィエイター・オーバーヒート》の効果を「2つ目」から順に読んでいた。火雁を絶望の底に叩き落とした上で勝利するために……。
「浅はかね」と火雁を一蹴すると、彼女は“1つ目”の効果にあたる言葉を紡いだ。
そしてそれは、事実上の彼女の勝利宣言でもあった……。
行きなさい、《ディヴィエイター・オーバーヒート》!――プレイヤーへ“ダイレクトアタック”!!
「な……どういうつもりだ!?僕の場にはまだモンスターが」
「関係無いわ」
彼女の指は、《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》ではなく、その奥にいる火雁を差している。言い間違いではないようだ。
《ディヴィエイター・オーバーヒート》
ディヴィエイター・融合・効果
星-/闇属性/炎族
攻 0/守 0
このカードは「ディヴィエイター・デジグネーション」の効果でのみエクストラデッキから特殊召喚することができる。
(1):このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
(2):このカードは戦闘では破壊されない。
(3):1ターンに1度、このカードが戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに、相手フィールド上のモンスターまたはディヴィエイター1体を選択して発動できる。
このカードの攻撃力はターン終了時まで、選択したモンスターまたはディヴィエイターの攻撃力分アップする。
無知なデュエリストを煽動するように彼女は言う。
「忘れていないか心配だから、もう一度3つ目の効果を言うわ……。このカードはダメージステップ時に1度相手モンスターかディヴィエイターを選択し、その攻撃力分自身の攻撃力を上げる――私は《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》を選択!」
――眠る痛み呼び覚まし、その身を焼きなさい!“アシミレイト・ハイパーバースト”!
《ディヴィエイター・オーバーヒート》
攻撃力0→2700
触れれば一瞬で塵にされるであろう炎が、《ディヴィエイター・オーバーヒート》を包む。彼女の言う「憎しみ」を目の前の標的に抱いて破壊力を上げたのだろうか。
その身に灯した炎の勢いが増しただけでなく、身体に刻まれた幾何学模様も強く輝き始める。そして不思議なことに、その模様はシンクロしたようにユウナの身体にも表れていた。
――ユウナとオーバーヒートの眼が、夕日を背に同時に煌めく。
これで終わりよ。――“激情の、ブレイズ・オブ・アガニー”!!