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第1話 「火灯し頃、訪れし刻」 その2

まだ夜も明けず、早朝を告げる鳥の声も聞こえない午前2時頃。

 

 

 

「……これが最後の1枚ね」

 

 

照らすものは月明りのみの部屋で、その女は最後の1枚――先程ゆうなが手からこぼしたカードを、苦虫を嚙み潰すような表情でデッキに加えた。

 

「女」の顔や体は「ひともしゆうな」そのもの。ゆうなはいつでも笑顔を崩さないのが特徴の楽天家である。そのゆうなと全く同じ顔をした者が、無表情あるいは瞼を閉じて物思いに耽るような表情でデッキを組み上げていた。

 

彼女の足元には、ゆうなが選び抜いた殿堂入りカードが無惨に散らばっている。彼女はどのカードがデュエルで使用できるカードなのかを全て知っているようだった。――カードの強弱さえも。

 

 

それでも、冷徹に弱いカードを切り捨ててしまいそうな面持ちの彼女は意外なことに、ゆうながずっと使い続けている「ユートピアン」のカードをデッキから抜くことは無かった。

 

 

ユートピアン・メラリア》のカードをデッキから取り出して一言、“ユウナ”は呟いた。

 

 

「必ず救ってみせる…これから訪れる未来は私が全て潰す」

 

 

「潰す」という、およそ普段のゆうなからは考えられもしない物騒なことを口走ると、彼女はゴミ箱にしっぽからダイブしたアザラシのぬいぐるみを、首の部分を握ってサルベージした。

 

「ゴマちゃん……」と優しくぬいぐるみを抱きしめ、今度はゆうなに雑にふっ飛ばされないようカーペットの上に置いて、再び床に着いた。

 

 

 

 

 

「おーい、ゆうなー迎えに来たぞー」

 

 

幼馴染、「黎明寺 朝斗」の声が玄関でこだましている。ガチャリという音とともに開いたドアの前にいた少女は、いつもとは違う表情をしていた。

 

「……お前そのクマどうしたん」

「クマ?あたしクマのぬいぐるみなんか持ってないよ……」

「目の下のクマの話だよ」

 

ゆうなは毎日9時間以上は寝る。よく寝る割には成長せずちんちくりんの彼女にしては珍しく、ゲッソリと寝不足のような表情をしていた。

 

「おっかしいなー。あたし昨日ご飯食べて、お風呂入って、デッキ調整して、10時には寝たんだよ。なのになんかシャキっとしなくて」

 

宿題はやっていない。

 

「デッキを…!?調整…!?お前が!?」

 

アサトにとっては寝不足云々よりも、ゆうなが「デッキを調整した」という事実の方が衝撃であった。1枚たりともデッキを動かしたことを見たことがないからだ。

 

「あ!アサトくんに色々話したいことあるんだった!」

「お、おう…なんだ急にテンション上がって」

「《強奪》って強いカード見つけて」

「お前ぜってーそのカード使うなよ」

 

「なんでー、なんでー」と駄々をこねながら他に見つけたカードを見せようとするゆうな。どうせなら――。

 

 

「まだ時間あるし、ちょっとだけデュエルしない?あたしのデッキ強くなり過ぎて2秒で終わっちゃうかもしれないし~」

「オレはお前が殿堂入りカード使って敗北に100ペリカだ」

 

 

学校から程近い公園で、デュエルディスクを展開する。7時50分。2秒で終わるのであれば学校には遅刻することはない。

 

 

「デュエル!オレの先攻で行かせてもらうぜ!……良い手札だ!」

 

 

アサト

ライフ4000

手札5

 

「オレは手札から魔法カード、《おろかな埋葬》発動!デッキから《アサルトアサイラント-マクアフティル》を墓地に送る」

 

 

おろかな埋葬

通常魔法

(1):デッキからモンスター1体を墓地へ送る。

 

 

《アサルトアサイラント-マクアフティル》

効果モンスター

星4/光属性/戦士族

攻1800/守 500

(1):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。

相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える。

(2):――

 

 

アサトは所謂、「シンクロ」使いである。

「チューナー」と呼ばれる特別なモンスターと、チューナー以外のモンスターを並べ墓地へ送り、そのレベルの合計の数値のレベルを持つモンスターをエクストラデッキから呼び出す。それが、「シンクロ召喚」。

 

そしてそのシンクロ召喚で呼び出されるモンスターを、「シンクロモンスター」と呼ぶ。

 

チューナーとチューナー以外のモンスターを揃え、希望のレベルのモンスターを呼び出す都合上、デッキは非常にテクニカルなものが多い。テクニカルなだけはあり、使い手の熟練度によって大量展開や連続したシンクロ召喚を決めることも可能なデッキタイプである。

 

 

アサトは、その「シンクロ召喚」の過程の緻密さと結果の派手さが気に入っていた。

 

 

齢十四で、アサトは自分のデッキをある程度使いこなしている。ゆうなに比べて遥かに記憶力の良いアサトは、自分のデッキで行えるシンクロ召喚のルートを把握している。手札や相手の展開によって方法を変え、まるで何十手何百手先を読む棋士のようだ。

 

 

アサトは続けて次の手を打つ。

 

 

「さらにオレは、チューナーモンスター《アサルトアサイラント-スクトゥム》を召喚だ!」

 

 

《アサルトアサイラント-スクトゥム》

チューナー・効果モンスター

星3/光属性/戦士族

攻1300/守 500

(1):このカードが召喚に成功した時、

自分の墓地の「アサルトアサイラント」モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

 

アサトの使うシンクロデッキ――「アサルトアサイラント」は、過去に実在した「武器」をモチーフとした戦士族・光属性のテーマである。《マクアフティル》は剣を、《スクトゥム》は盾を持った戦士の姿をしている。

 

 

 

「《スクトゥム》の効果発動!墓地の《マクアフティル》を」

「守備表示で特殊召喚するんでしょ~?案外アサトくんもワンパターンだよね」

 

 

普段記憶力が滅茶苦茶に悪いゆうなでも分かっている程、アサルトアサイラントの「初動」に関してはそこまでパターンが無い。むしろそこから枝分かれしていくのだが、始点はゆうなでもある程度分かっている。

 

安定して最初から展開できると言えば聞こえは良いが、相手がアサルトアサイラントが最初に取る戦法を知っていれば、容易に対策できる「隙がある」ということ。

仮に《スクトゥム》の効果に、手札誘発の効果無効化効果を持つ《エフェクト・ヴェーラー》をぶつけられていれば、アサトに次の手は存在しなかった。

 

 

とりあえず、「ワンパターン」に手足が生えたようなゆうなにそんなことを言われるのは心外であった。

 

 

「……行くぜ!レベル4の《マクアフティル》に、レベル3の《スクトゥム》をチューニング!」

 

 

 

夜明けの明星宿す戦鬼――

 

 

闇を掃う輝き解き放ち

 

 

その弩級の一振りの元に並居る寄手を破砕せよ!

 

 

 

シンクロ召喚!レベル7!《アサルトアサイラント-モーニングスター》!!」

 

 

《アサルトアサイラント-モーニングスター

シンクロ・効果モンスター

星7/光属性/戦士族/攻2500/守2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):――

 

 

アサトのフィールドに、トゲ付きのハンマーを持った大型の戦士族モンスターが舞い降りる。これが彼の持つ切り札、武装兵団の希望の星――

 

 

《アサルトアサイラント-モーニングスター》。

 

 

 

「アサトくん好きだねーそのモンスター。あたしの前なんかでカッコ付けちゃってぇ~」

「うっせ!……墓地に行った《マクアフティル》の効果発動!ゆうなに800ダメージだ!」

 

 

先攻は最初のターン、攻撃することができない。アサトは展開のために先攻を取ることが多いのだが、攻撃の代わりに初手でバーンをお見舞いすることが基本となっていた。

 

 

「あたしじゃなくてもっと可愛い女の子に見せつけた方が良いよ。よっ、色男!」

「んなことどうでもいいわい!ターンエンド」

 

 

エースモンスターをシンクロ召喚し、次のターンの準備は整ったアサト。ゆうながこのモンスターを打ち破る光景は未だに見たことが無い。

 

 

「あたしのターン!ドローっ」

 

ゆうな

ライフ3200

手札6

 

 

「さーて、改良したデッキとやら見せてもらおうじゃねーの」

 

と、言いつつ、アサトにはゆうなの次の行動が手に取るように読めていた。――決まっている。

 

「あたしは、手札から《ユートピアン・メラリア》を召喚!」

「変わってねー…」

 

 

 

ユートピアン・メラリア》

効果モンスター

星1/光属性/炎族

(1):このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。

(2):このカードは戦闘では破壊されない。 

 

 

 

「あーっ!メラちゃんどこ行くの!」

 

召喚されたメラリアはゆうなの元を離れ、アサトの方にピューッと飛んでいく。メラリアは、ゆうなよりも優しくしてくれるアサトによく懐いていた。朝の挨拶とも言わんばかりに、アサトの頬にすりすりしている。

 

 

「おはよう、メラ…あーあ、まーたメラを優しくリンチしなきゃならないのか…可哀想だぜまったく」

 

「リンチ」とは言うものの、いつも軽く小突く程度にはモンスターに手加減させているアサト。さっきの仰々しい口上の如き破壊力をゆうなに、メラリアに振るうことは一度たりともしていない。メラリアは効果と裏腹に耐久力が低いためそれでも燃え尽きてしまうが。

 

 

「せっかく戦闘破壊耐性あるのにセットすらしねーんだもんな…少しは学習」

 

 

いつものように説教じみたことを言おうとしたアサトは知らなかった。この直後に途轍もないダメージが待っていることを――。

 

 

「ん~…?あたし昨日こんなカードデッキに入れたっけ?変だなぁ……でも使ってみよ!手札から装備魔法、《進化する人類》発動!」

「は……!?」

 

 

《進化する人類》

装備魔法

自分のライフポイントが相手より少ない場合、

装備モンスターの元々の攻撃力は2400になる。

自分のライフポイントが相手より多い場合、

装備モンスターの元々の攻撃力は1000になる。

 

 

「メラちゃんに装備するね」

 

 

ユートピアン・メラリア》

攻撃力100→2400

 

 

 

このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。

 

このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。

 

このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。

 

 

 

「いっけーメラちゃんアサトくんにダイレクトアタック!2400倍ワンダー・フレイム!」

「おいおいおいおいちょっと待て!」

 

攻撃力240000になってしまうゆうなの計算間違いにツッコミを入れようとしたワケではない。もう既にツッコミどころ満載のゆうなの頭で、メラリアとあまりにも相性の良いカードをストレージから選べるワケがないと思ったのだ。

 

 

《進化する人類》は、相手と自分のライフ差によって効果が変動する装備魔法。自分のライフが相手を下回っている際は、装備モンスターは攻撃力2400となり牙を剥く。しかし自分のライフが相手を上回っている場合は攻撃力1000と萎んでしまう。ある程度の攻撃力を備えた「普通」のモンスターであれば。

 

ユートピアン・メラリア》の攻撃力は100。このカードを装備することによって発生するデメリットが帳消しになるどころか、常時最低「攻撃力900アップの装備カード」と化す。これなら相手のライフも自分のライフも関係無い。

 

 

極め付けは、メラリアが「ダイレクトアタッカー」であること。アサトが先攻で与えたバーンが完全に仇となって、メラリアは「攻撃力2400のダイレクトアタッカー」へと変貌した。

 

 

いつも手加減してくれているアサトに、申し訳なさそうにダイレクトアタックするメラリア。「ごめんなさい、ごめんなさいっ」と。攻撃力が上がりいつもより激しく燃え盛ったその身体で。

 

 

「……どうなってんだ一体……」

 

 

アサト

ライフ4000→1600

 

 

「ごめーんアサトくん……やっぱり何かデッキ変だからもうデュエルやめよ」

「変って……」

 

アサトはむしろ、たった1枚のカードで「ユートピアン」の完成形を見た気がした。欠落していたパズルのピースがバチリと嵌ったように、《進化する人類》はメラリアと相性が良過ぎた。

まるでゆうなではない「誰か」がデッキを手直ししたかのように……少なくとも“変”ではない。

 

 

その《進化する人類》を手に取ってゆうなは、珍しく怪訝な表情を浮かべた。

 

 

「あたしこんなカード入れてない」

「入れてないって……」

 

 

デュエルは中断に終わった。大ダメージを負ったものの、ライフは残った。アサトの手には次の展開札が用意されており、勝利は盤石……と傍から見ればそう考えられる。

 

しかしアサトはその強烈な一発を受け、「次の自分の攻撃は何らかの手段で防がれるのではないか」という危機感を持った。――昨日まで完膚なきまでに叩き潰していた少女相手に。

 

 

その危険予知故に、アサトはそのデュエルで自分が勝利する姿を思い浮かべることが難しくなっていた。たかが、ゆうな相手に……。

 

 

 

「おかしい」と思い、小さな掌にデッキを広げてみたゆうな。アサトは正直、何が起こったかも分からず呆然としている。

 

 

「あっ……昨日のカードだ……」