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第1話「火灯し頃、訪れし刻」 その5

 

「な……何、このモンスター……怖い……」

 

 

 

ゆうなの前に姿を現したのは、上半身は人間の身体、下半身は獣の身体……

 

……をした者が激烈な黒い炎に包まれている巨大な「何か」であった。不思議なことに、その化け物からは“生気”というものを一切感じないのである。

 

ただ、ひたすらに、微動だにせず激しく燃えているだけ。それがさらに不気味さに拍車をかけていた。

 

 

「(なんだあの化けもんは!?校舎の半分くらいのデカさじゃねえか……)」

 

 

アサトは気が付いた。これが火雁が与えられた例の「テストカード」なのだと。そのモンスターが放つ妖気は、徐々に屋上全体を支配し始めた。いつも陽気なゆうなでさえ、膝をガクガクと震えさせている。

 

 

「ゆうなちゃん……これが僕の愛だ!僕の心もこの炎のように熱く激しく燃えているのが分かるかい?さぁ、燃え尽きて灰になるまで一緒にいよう!僕の元へ!」

 

 

火雁は、狂気に満ちた笑みで効果の発動を宣言する。

 

 

「《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》の効果発動!墓地の炎属性モンスターを5体まで除外することで――その除外した数だけフィールドのカードを破壊する!」

 

 

《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》

ディヴィエイター・効果

星-/闇属性/炎族

攻2700/守1600

このカードは、自分の手札・フィールド上からレベルの合計が9になるようにモンスターカードを墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。

(1):1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスターを5体までゲームから除外する事ができる。

この効果で除外したモンスターの数だけ、フィールド上に存在するカードを破壊する。

 

 

「僕は《プロミネンス・ドラゴン》2体を除外して……《ユートピアン・メラリア》と伏せカードを破壊だァ!“デストラクションブレイズ”!アハハ!ハハハ!」

 

 

黒い炎に包まれた塊が、ゆっくりと薙ぎ払うように腕を動かす。その腕から降り注いだ火炎弾に撃たれ、戦闘破壊耐性が自慢のメラリアと先程《砂塵の大竜巻》で伏せたカードが破壊される。そしてメラリアの破壊に伴い、装備されていた《進化する人類》までも。

 

 

守るものなど何一つ無い。ゆうなの場は、がら空きとなった。

 

 

 

「(……何だこのモンスター?星が無い……)」

 

 

アサトは、場に現れた未知のモンスターの正体を探るべく、デュエルディスクの無線通信システムを使って《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》の情報を確認していた。デュエルディスクがあのモンスターの存在を認める以上、データも閲覧することができると踏んだからだ。

 

 

そのモンスターに似たモンスターがいることはアサトの記憶にあった。今発動した効果も、そのモンスターに非常に似通っている。かつて美奈子コーポレーションが開発したとある最上級モンスター。

 

 

「(……“あれ”の強化体だってのか?でも星が無いモンスターなんて聞いたことがねぇ)」

 

 

「もう君の負けだゆうなちゃん!大人しく僕の物になるんだ!……《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》でダイレクトアタック!終わりだあああああ!!」

 

 

頼みの綱のメラリアももう、フィールドから消滅した。手札もフィールドのカードもゼロ。ゆうなは恐怖のあまり顔を覆ってしまう。軽い気持ちで受けたデュエルが、これ程恐ろしいモンスターの降臨を誘発してしまった。……負けたらどうなってしまうのか?

 

 

火雁は、「ゆうなを自分のものにする」と言っている。しかしその言葉とは裏腹に、目の前の化け物は生気こそ感じないものの、殺戮マシーンの如く今にもゆうなに触れて焼き殺さんとするようなおぞましいオーラを放っている。使い手自身が制御できていないモンスターが、何をするかなど分かったものではない。

 

 

覆った掌の隙間から、一筋の光が見えたのはその時だった。デュエルディスクの墓地に相当するゾーンから光が漏れている。

 

 

――この絶望的な状況でも発動できるカードがあることを示していた。

 

 

「……そうだ!さっき破壊されたカード……あたしは墓地から、罠カード《ユートピアン・リヴァイヴ》発動!」

 

 

ユートピアン・リヴァイヴ》

通常罠

ユートピアン・リヴァイヴ》の(1)(2)の効果は1ターンに1度いずれか1つしか発動できない。

(1):自分の墓地の《ユートピアン》モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。

そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。

このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。

そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の《ユートピアン》モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。

そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

 

先程ゆうなが《砂塵の大竜巻》で伏せた、蘇生罠。場にある時は不完全蘇生カードとして機能し、墓地にある時は完全蘇生カードとして発動できる。ゆうなは後で、《ライトニング・ボルテックス》で捨てた《ユートピアン・パチリア》を蘇生しようとしていた。

 

 

しかし、今の状況を考えれば、メラリアは自身が一度場を離れることを想定していたのかもしれない。ゆうなが《砂塵の大竜巻》の効果で、残った1枚の手札であったこのカードを伏せ、何かあった場合にはこのカードで再び自分を場に呼び戻してくれると信じて。

 

 

「ゴメンね……そんなところにいても、虚しいだけだよね。お願いメラちゃん、もう一度私に力を貸して!――《ユートピアン・リヴァイヴ》で、墓地から《ユートピアン・メラリア》を守備表示で特殊召喚!」

 

 

火雁

ライフ1600

手札0

場《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》攻撃表示

 

ゆうな

ライフ2500

手札0

場《ユートピアン・メラリア》守備表示

 

 

 

「くうぅぅぅ!《ユートピアン・メラリア》は戦闘では破壊できない……破壊効果も使ってしまった!ゆうなちゃん、どうして君は僕の物になることを拒むんだ!!」

「ゴメン火雁くん……そんなことより、今の火雁くんおかしいよ!頭も良くて周りのみんなはあなたに憧れてたんだよ?こんな姿……絶対に元に戻してあげるから!」

 

 

頭の悪いゆうなでも気付いていた。あのモンスターが火雁をおかしくしている。自分がデュエルに勝利すれば、彼は元に戻ってくれるであろうことを。足が竦むが、今はもう一人ではない。

 

 

――愛する「友」が、目の前で燦然とその雄姿を見せてくれている。

 

 

 

「……ターンエンド!クソっ!」

 

 

このダイレクトアタックで勝負を決めようとしていた火雁はあからさまに怒りを露にする。あと一歩でゆうなが手に入った。入学時からずっと、憧れていた女の子。自分の理性を捨ててでも、悪魔の如きカードを使ってでも手に入れたかったものは、するりと掌をすり抜けた。

 

 

 

「行くよ、メラちゃん。絶対勝とうねこのデュエル!火雁くんを……元に戻してあげなきゃ!」

 

 

この時、なぜかメラリアは何の反応も示さなかった。ゆうなに後姿を見せたまま、じっと化け物を見つめていた。

 

 

「あたしの……ターンっ!ドローっ!」

 

 

ゆうな

ライフ2500

手札0→1

場《ユートピアン・メラリア》

 

 

 

 

 

 

 

ゆうなが引いたカード。起死回生を懸けたそのカードを穴が開く程見つめたまま、ゆうなは目を見開いて黙り込んでしまった。唖然としているのか、口も開いている。

 

 

狂ったような火雁とは違う意味で、何か様子がおかしい。そのカードに、視線が吸い込まれている。次第に――

 

 

 

ゆうなの瞳が、夕日に照らされていた今までよりも遥かに強く光り輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

途轍もなく強い瞳の光は次第に収束した。目の色が明らかに変わったゆうなは一度目を閉じ、軽く溜息一つついて前を見据えた。

 

 

「これが始源のディヴィエイター……愚かなものね。自分たちの力では制御できもしないものを生み出し、輪廻を乱してしまった」

 

 

その口から紡がれる言葉は、無知丸出しないつもの「ひともし ゆうな」のものとは考えづらい程、理性的で静かなものであった。

 

 

「ゆうなちゃん……?どうしたんだい怖い顔して!この状況からまさか……僕に勝つつもり?場には弱いモンスター1体、手札もその1枚だけじゃないか」

 

 

彼女は、手にしたそのカードを、「ゆうなが部屋の隅で見つけたあのカード」を、口元に持っていき子供を嘲笑うかのように言った。

 

 

「あなた程度のデュエリストなんて、この2枚だけで勝てるわ。それにあなたも手札は0、場には忌々しいディヴィエイターだけ」

 

 

火雁は、《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》をこのデュエルまで誰にも見せたことが無い。彼女はディヴィエイターについて「忌々しい」と言い放った。存在を知っているとでも言いたいのだろうか。先程まで怯えていた“ゆうなちゃん”が、なぜ。

 

 

「き、君にできることなどあるものか!次のターン、《ディヴィエイター・フレイムエンペラー》の効果を使って……」

「……あなたに次のターンなんて訪れないわ。それどころか、私にはメインフェイズ2もエンドフェイズも必要無い」

 

 

このターンのバトルフェイズで全てが終わる――“ユウナ”はそう宣言した。

 

 

頭に被った可愛らしいニット帽を地面に叩き付け、化け物を一瞥すると、ユウナは手札の“そのカード”を天に翳した。漆黒の闇に、星が吸い込まれていく――まるで終焉を表したかのようなカードを……

 

 

 

「教えてあげるわ、“化け物の扱い方”を」

 

 

 

そう言うやいなや、そのカードは壊れた機械のようにスパークを放ち始めた。

 

そしてユウナはそのカードを、デュエルディスクの魔法・罠ゾーンに勢いよく差し込む。

 

 

 

 

次に彼女の放った言葉は、火雁を、そして陰で見守っていたアサトを戦慄させるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「私は魔法カード――《ディヴィエイター・デジグネーション》、発動!」