第1話 「火灯し頃、訪れし刻」 その3

手にした束の中には、ゆうなが自信を持って鼻息荒く入れた「殿堂入り」カードは1枚たりとも入っていなかった。

 

《進化する人類》のようにコンボ向けのカードは入っているが、単体で強いカードはそこまで入っていないように思われた。――一体誰が勝手に自分のデッキをいじったのか。

 

 

その中に、明らかに異質な「あの」カードが見え隠れしていた。

 

 

「(何なんだろうこのカード…あたしについてきてるのかな?デッキもよく分かんないカードばっかりだし……)」

「……ゆうな、ゆうな!悪い、オレも考え事してぼーっとしてたらもう8時だ遅刻する!」

「ふぇっ!?今日確か小テストあるよね!?授業始まる前に勉強しなきゃなのに」

「(どうせ教科書にマーカーでライン引くだけだろ)」

 

 

普通は単語にマーカーを引くものだが、ゆうなは教科書の挿絵にマーカーを引くレベルである。本人曰く「敢えて」。敢えて挿絵にマーカーでラインを引いているのである。イタズラ書きとも言う。小テストは勿論0点。

 

 

2人が教室に着くと、既に登校しているクラスの半数以上の人間が1人の少年の机を取り囲んでいた。アサトは「あー、あれか」と心当たりがあるようだが、ゆうなにはさっぱりだった。その理由は、簡潔に言うと朝のニュースを見ないから、である。

 

 

 

取り囲まれた少年は先月、デュエルモンスターズの大会で優勝した。

 

国内外で一大シェアを築くカードゲーム会社「美奈子コーポレーション」からその功績を称えられ、「ある強力なカードのテストプレイヤー」として選ばれたことをアサトはニュースで知っていた。市内の決闘者でも特に優秀な者が選ばれたそうだ。大会で準優勝に終わったアサトは勿論悔しがっていた。優勝していれば自分が……と。

 

 

事の顛末をアサトがゆうなに話すと、「えっ?あたし選ばれてないよ、どーして?」とトンチンカンな答えが返ってきた。準優勝のアサトに1回も勝ったことすら無い自分がなぜテストプレイヤーに選ばれると思ったのか。

 

 

しかしこの日の夕刻に、アサトは安堵することとなる。「そんなカード」のテストプレイヤーに選ばれることなく良かったと……。

 

 

 

「なぁなぁ、“例のカード”見せてくれよー火雁!」

 

そのカードを手にした少年の名前は火雁 真(ひかり まこと)。炎属性モンスターを主体とするデッキでアサトを抑え、頂点に立った。彼はクラスの優等生で、目立ちたがるタイプの人間ではない。

美奈子コーポレーションから渡されたカードも決して、人に見せびらかすことはしなかった。今後の大会で使う予定も無い。デッキに入れることも無いだろう。

 

 

――唯一つの目的を除いて。

 

 

「だ、ダメだよ!見せられない……あのカードは……何に使うか決めてるから」

「えー何だよ漢のクセにケチだなぁ!」

「……ゴメン、大事なことなんだ」

 

そわそわしながらそう言った彼の視線は、教室の端でケラケラ笑いながら教科書の偉人の顔を滅茶苦茶にしているゆうなに向いていた。そう、彼はゆうなのことが……。

 

 

 

ホームルームで返却された小テストでゆうなが無事0点を取った放課後。

 

問題を少しだけ紹介すると「魔法カードの種類を全て答えよ」というもので、答えは「通常魔法、速攻魔法、永続魔法、装備魔法、フィールド魔法、儀式魔法」。

ゆうなの答えは「効果魔法、罠魔法、融合魔法、なんか凄い魔法、ユートピアン、分かりません」。ユートピアンは全て魔法カードだった……?

そして最後の「分かりません」がどの種類の魔法をどう分からなかったのかが謎。そもそも他の魔法が一つも合っていない。

 

 

ゆうなが一人になり、帰る準備をしている一瞬を見計らって、掃除の最中ではあるが火雁はゆうなの元へ向かった。心臓の高鳴りが騒音レベルで聞こえる。ゆうなの天真爛漫な性格や振る舞いに好意を抱いてはいたが、遠くから見つめるだけでロクに話したことすらない。……ガチガチである。

 

彼はゆうなに、デュエルを挑もうとしていた。いち大会の優勝者ともあろう者が、死ぬ程弱いデュエリストのゆうな相手に、である。

 

勝った暁にゆうなと付き合える権利を賭けて。いくらゆうなが弱いことを知っていようがその勝利を確実のものにするためにも、誰にも見せなかった例の「強力なカード」を使おうと考えていたのだ。

 

ひけらかしてしまえば情報が出回り、その声はゆうなに届いてしまうかもしれない。万が一にも勝率は下げたくないと考えていたからこそ、頑なに秘密にしていた。

 

 

「……ひともしさん、こここここの後時間あるかな?話したいことが……」

 

顔が紅潮し、つい俯いてしまう。ゆうなは笑いながらも「?」といった感じで話を聞いた。

 

「んー?この後は帰って遊戯王DXの再放送観るだけだけど……それに間に合うなら、いいよ!」

「……!じゃあ……掃除が終わったら屋上に行こっか!誰にも……聞かれたくない話だから」

 

 

オッケー!と軽いノリで受けるゆうな。しかしこの時、火雁の「誰にも聞かれたくない話」の約束を取り付けるための話を、教室で黙々と掃除をしていたアサトに聞かれてしまっていた。アサトは非常に耳聡く、ゆうなからは「地獄耳」と呼ばれている。

 

ちなみにゆうなが「掃除をサボって」帰る準備をしていたから一人になっていただけで、他の人間はちゃんと掃除に勤しみ動き回っていた。

 

 

「(火雁のヤツ……ゆうな屋上に呼び出して何するつもりなんだ?)」

 

 

アサトも思春期の男子である。あらぬ妄想が心を掻き毟る。屋上でゆうなが男と二人きり。ゆうなはお世辞にも色気があるとは言い難い。

が、歳よりも幼く見えるその外見や振る舞いには、言い方は悪いものの色気とは違った「需要」がある。優等生ぶっている火雁が、実は幼い感じの女の子が好きな「そっち」の可能性も否定はできない。

 

 

ゆうなに何かあったらと、掃除を終え屋上へ向かう2人の後を尾行することにした。