第1話 「火灯し頃、訪れし刻」 その1
ゆうなは、迷っていた。
小さな右手に握られた6枚のカードで、如何にして目の前の幼馴染を倒せばいいか。
「あたしは、手札から《ユートピアン・メラリア》を召喚!」
《ユートピアン・メラリア》
効果モンスター
星1/光属性/炎族
(1):このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
(2):このカードは戦闘では破壊されない。
「これなら相手にモンスターがいても、いくら強くても関係ないもんね!いっけーメラちゃんアサトくんにダイレクトアタック!」
先攻で幼馴染のアサトが伏せた裏側守備表示モンスターを飛び越えて、メラリアのダイレクトアタックが通る。その驚愕のダメージとは!
「……ってやり取りを10年近く毎ッ日やってんだけどな。お前…メラの攻撃力100じゃねーか。痛くも痒くもないんだよいい加減学習しろって」
ゆうなが威勢よく召喚した《ユートピアン・メラリア》――通称「メラちゃん」はなんと攻守100。火の玉のような見た目をした小粒なモンスターである。
「可愛いから」という理由でゆうなが幼い頃から使い続けているそのモンスターは10年もの間、召喚→返しのターンで大型モンスターに攻撃されて大ダメージを受けるという非常に雑な使い方をされていた。
ダイレクトアタッカーではあるものの攻撃力が極めて低く、戦闘破壊耐性が仇となってサンドバッグにされるのが常。誰がデザインしたのかは分からないが、2つの効果が全く噛み合っていなかった。長い間攻撃を受け止め続けた炎の精のメンタルはもうボロボロであった。
ゆうなと幼馴染のアサトが通う学校でも、これ程の弱小モンスターで戦い抜く心の持ち主はゆうなくらいであった。バッサリと切り捨ててしまうと、「単体では何もできないモンスター」なのだ。
心なしか、ゆうなが「召喚!」と叫んでソリッド・ヴィジョンが映し出された時、メラリアは「えぇ…」という顔をしていた。主のワンパターンな攻めにしもべも呆れているのだ。
「あ、手札にあった《団結の力》付け忘れた!あちゃー」
「いやそこじゃねえよ!100から900になっても大して変わんねーよ!」
「えっ!?だって9倍だよ9倍!スーパーでポイント9倍だったらみんなこぞって買い物行くでしょ?それとおんなじだよ」
ゆうなが超理論を展開しているうちに、メラリアは次のターンにアサトが大量展開したシンクロモンスターにリンチされて燃え尽きた。「いつもの」といった感じで、ゆうなのライフの消滅と共に静かにソリッド・ヴィジョンからフェードアウトした。
「あたしはこのモンスターと一緒に生きる!」
「ライフ尽きてんだけど」
「だってーアサトくん全然手加減してくれないんだもん、女の子に優しくないよね」
ゆうなのその言葉に、生粋のシンクロ使いのアサトはつい言ってしまう。
「…手加減されてオレに勝ったとして、お前楽しいの?」
「あたしはメラちゃんが喜んでくれるならそれでいいよ」
「ならもうデッキごと手放した方がいいんじゃねーか…?」
アサトは毎回のように自分のシンクロモンスターにタコ殴りにされるメラリアを不憫に思っていた。幼馴染のゆうなが使うモンスター。つまりアサトにとってもメラリアは幼馴染も同じ。彼にその気は無くとも、傍から見ればいじめっ子といじめられっ子である。ジャイアントのび太である。
尤も最近は、メラリアの方から「もう好きにしてくだせぇ旦那ァ!」とでも言うようにうるうるとした瞳でアサトにアイコンタクトしてくることが殆どである。
「(あいつがもっと戦略とか考えてやれば輝くと思うんだけどなぁ)」
ちなみに、メラリア以外にも「ユートピアン」は存在する。そしてそのユートピアンはゆうなしか使っていない。つまり、仲間のユートピアンも召喚即大ダメージという出オチを繰り返してズタボロになっていた。ソリッド・ヴィジョンで現れ、傷付いて消え、次のデュエル時にソリッド・ヴィジョンで傷が再生してまたボコボコにされるお粗末な毎日。
「メラちゃんが喜ぶならそれでいい」とは言いつつも、アサトの強い言葉とメラリアが消え行く際に見せた諦めのような表情がいやに記憶に残ったゆうな。
帰路につき、お風呂に入ってご飯を食べ、瞬く間に星が輝く頃合いに。
宿題も放っぽり出して、改めてデッキの構築を見直すことに。ゆうなはメインデッキの枚数を40枚に収めているが、弱小モンスター群の「ユートピアン」を愛人枠としているため動かせるカードの枚数は限られる。
「光属性…レベル1…直接攻撃…」
考え得る限りの、「使える」要素を羅列する。愛するメラちゃんを最大限活かすために。そして家のストレージからゆうなが見つけた1枚は――
「これだっ!《融合》!」
もう全くもって意味不明である。弱小モンスターである「ユートピアン」を繋ぎ合わせて強くしようと考えるのは分かるが、なら先程呟いていた「光属性」「レベル1」「直接攻撃」という要素はどこへ消えたのか。
《融合》
通常魔法
(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
ユートピアンには融合モンスターが「一応」存在する。そのステータスはお世辞にも褒められたものではない。
「これなら多分攻撃力もアップできるね!えーと、ユートピアンの融合モンスター…融合モンスター…っと」
あったー!という、まるで宝物を探し当てたかのような声で取り出したノーマルカード。
《ユートピアン・フレイマギア》
融合・効果モンスター
星6/光属性/炎族
「ユートピアン」モンスター1体+炎族モンスター1体
(1):このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
(2):このカードは戦闘・効果では破壊されない。
なお攻守は100。「多分攻撃力もアップできる」との期待を抱いてこのカードを掘り当てるあたりが彼女のセンスなのであろう。ちょっと元気に燃え盛っているメラリアがデカデカとイラスト欄を占拠している。
堅く、着実にダメージを稼げる融合モンスターではある。《ユートピアン・メラリア》の進化体という扱いなのか効果はメラリアの(1)、(2)の一部を受け継いで効果破壊耐性が付与された。だから何だと言うのか。
守備表示で融合召喚して壁にしようともバウンスや除外には弱く、貫通効果持ちには結局サンドバッグにされる。ちなみにアサトのデッキには貫通効果を持ったシンクロモンスターがいるため何の対策にもなっていない。
そして一番謎なのは10年間もユートピアンを愛用しているゆうながこれまでさっぱり、自宅のストレージにぶち込まれていたこのカードを使わなかったことである。
「手札の《ユートピアン・パチリア》と、《ユートピアン・メラリア》を融合!雷の精、炎の精、奇跡の魔法でその力繋ぎ合わせよ!融合召喚!現れろ!爆炎の精、《ユートピアン・フレイマギア》!」
……口上だけは一丁前である。
「ひともし ゆうな」14歳。とにかく「可愛いもの」に目が無く、デッキもその信条に振り回された戦略などありもしない雑な構築となっている。性格や見た目は年齢よりもやや幼く街では小学生と間違われ、学校の帰りに鼻息を荒くした変なお兄さんに連れていかれそうになるまでがテンプレ。
前にチャックのついたパーカーを愛用し、所謂「萌え袖」のようなスタイルで私服も認められている学校へ通っている。お気に入りのニット帽も一緒に。
幼馴染のアサト曰く、部屋のストレージにはなかなか良いカードが眠っているようだ。それもそのはず、傍から見てどれほど強いカードでも、ほぼユートピアン以外使わないゆうなが興味を抱かなければ使われることは無い。
彼女にとっては、大好きなユートピアンを活かせないカードはゴキボールも同然である。
決闘者の勘…と呼ぶには烏滸がましいものに導かれ、「融合」という新たなキーカードを手にしたゆうな。彼女にとっての「新たな」であって、《融合》自身は長い間彼女に使われることを待ち望んでいた。数年前にパックから手に入れ、ゆうなが丁寧に保存しておいたおかげで傷一つ無いのがそれを物語っている。
実際に使われるカードには多少の傷は付き物。ゆうなのカードで傷が付いているものは暫くの間1枚たりとも動かすことの無かったメインデッキのカードのみ。
《融合》を発掘したことでテンションが上がり、ゆうなは改めてカードを1枚1枚精査し始める。とりあえずは属性ごとに分けてみた。魔法・罠カードも速攻や永続などに分けて。
「へー、あたしこんなカードも持ってたんだ!結構強いじゃん」
手にしていたカードは《強奪》。強いどころの話ではなくそもそも使えない。
「デッキに入れちゃお!」
入れてはいけない。
デュエルモンスターズの世界にはその強力さを認められ「殿堂入り」したカードが多く存在する。単体でのカードパワーが凶悪なもの、コンボで無限ループを生み出すものなど多岐に渡る。
それらのカードをまるで確信犯かというように次々デッキに入れていく。《天使の施し》、《強欲な壺》、《押収》…。
「つよっ!デュエルモンスターズって面白いな~まだまだ知らないカードあるし」
明日アサトにこっぴどく怒られることは目に見えていた。
《同族感染ウィルス》、《処刑人-マキュラ》、《イレカエル》。スーパーの詰め放題かという程、デッキにしこたま殿堂入りカードを詰め込んでいく。まさに激安の殿堂である。ただ確信犯ではないにしろ、あまりにもユートピアンとの接点が見られなかった。
ゆうなは、基本的に一つのストレージボックス(というよりもおもちゃ箱に近いもの)にカードを入れている。デッキをいじることはあまりしないためカードが散乱することも無い。
しかし、宝探しに夢中になっているゆうなの視界の縁に何やら見慣れないカードが見えた。勉強なんか1秒もしないくせに設えてある、立派な学習机の下に。
「わ!キレイなカード…ウルトラレアだ!魔法カード…へー、あたしこんなカードも持って………たっけ?」
記憶力は決して良い方ではないゆうな。だからこそ毎日のようにアサトに「学習しない」と言われ負け越している。そんなゆうなでも、手にした1枚のカードを「自分がパックで引き当てたものではない」と思いながらぼんやり見つめていた。
「んー…? ………このカードで特殊召喚できるモンスター全然いないしやっぱり使えないや。だからそこら辺にふっ飛ばしてたんだろうし」
「変なカード、でもキレイ」と、ゆうながまじまじと見つめていたそのカードには、見たことも聞いたこともないカテゴリ名が記載されていた。
ウルトラレアのカードでホログラムが煌めいてはいるが、イラストの背景は見ているこちらまで吸い込まれてしまいそうな漆黒。デュエルモンスターズのモンスターカードに描かれている、レベルやランクの「星」が1つ、その黒い空間の奥に引きずり込まれるようなイラストであった。
うっとりしているゆうなの目を覚ます出来事が起こった。そのカードを持った右手に、強烈な電流が走ったのである。「痛っ!」と声を上げ思わず、カードを手から放してしまう。先程よりも背景の闇が深くなったように見えるそのカードを。
「な…なに?静電気? ……最近寒くなってきたし、そういう季節なのかな」
ゆうなはそのカードを「ずっと手に持っていた」。物が触れ合う際に発生するはずの、静電気の移動による衝撃を感じることはおかしい。
ゆうなはこの時「そういえば、雷族のサポート入れるの忘れてたからこのカードが静電気で教えてくれたのかな」と、とってもメルヘンなことを口走っていたが……。
「もー疲れたし寝ようかな…。また静電気バチバチ来ても嫌だし。宿題は…やらなくていいや。誰が分かるのー?こんな問題」
ゆうなの言う「宿題」は、まさに「ある攻撃力0のモンスターで、攻撃力4000のモンスターにどう対処するか」というある意味タイムリーなものであった。それすら放っぽり出してしまうところが、ゆうなの成長しない要因。尤も今ならば、何食わぬ顔で《強奪》を発動しそうではあるが。
「ゴマちゃーん!今日は寒いから一緒に寝ようね♡むぎゅーっ」
ゆうなの部屋には、多くのぬいぐるみが所狭しと並べられている。パックを剥いてみたりぬいぐるみを買ってみたりですぐにお小遣いはすっからかん。
その中でも特にお気に入りなのがゴマフアザラシの特大ぬいぐるみ抱き枕である。大のお気に入りではあるのだが如何せんゆうなの寝相が悪過ぎて、朝になるとそのアザラシのぬいぐるみは部屋の端にあるゴミ箱にホールインワンしている。これではゴミフアザラシである。
ゆうなは寝付いてから基本的には朝まで目を覚まさない。寝付いて30分ほどでもうゴマちゃんはふっ飛ばされてゴミ箱にすっぽり収まっている。
寒い初冬の部屋の端で一人、ゴマフアザラシは見ていた。
朝まで目を覚まさないはずのゆうながゆっくりと布団から起き上がり。
暗い部屋で電気も点けずに。
鬼気迫る表情で黙々とデッキを調整している様を。
その両の眼は闇を刺し貫くが如く不気味に煌めいていた……。